財務・国家計画省の用紙が使われた認諾書には、ハイエナファンドに債権が譲渡されたことを「局長代理が次官に成り代わって」認める、とタイプされていた。 「この紙にはなぁ、俺たち全員の大事なものがかかっているんだ」 にやりと嗤って差し出された用紙に、次官は何がしかの金が支払われるニュアンスは感じたが、あえて訊かず無言で手紙にサインをした。
「某会社のことを調べておられるようなので…これを買ってもらえませんかね」 資料を受け取って一瞥した空売りファンドの二人は目を瞠る。内部監査報告書のコピーだった。 「これは…」「働いている友人から手に入れました」 (内部人物から手に入れたんだろう…上から下まで腐っているな、この国の人間は。) 「以前、不正を表沙汰にしようとした者が自宅で覆面の男たちに襲撃され半殺しにされましてね」 男が心中を推し量ったように言った。
「ハイエナファンド側のロビイストが相当な反対運動をしていてアメリカでの反ハイエナ法案の提出・立法の見通しが立ちません」 「…もう和解するか?あいつら、あといくらほしいと言っているだ?」 「債権の残り、四千九百万ドル(約五十二億円)です」 「油価も上がっている…カーゴ一杯分位の端金、ハイエナにくれてやれ」 二年前から倍近くに上がった原油価格により、この国は円換算で二十一兆円ほどの原油の宝を持っている勘定になる。 「しかし、我が国はこれだけの原油収入がありながら、どうして重債務貧困国なんだ?」 (それはあんたが金を相当取ってるからだろ!) 財務相は、指導者へ思わず出かかった悪態を喉元で押し止めた。
舞台は1996年~2016年、主題として選ばれたのは破綻した国家再建をタダ同然で手に入れ、額面全額に金利や遅延損害金を含めた全額を払うよう米国や英国の裁判所で訴訟を起こし、投資額の十倍以上のリターンを得るファンド(小説内では「ハイエナファンド」としています)について描かれた国際金融小説です。
タダ同然の理由は、破綻国家の債権の返済見込みが非常に低いためで、それらをかき集めて返済を要求するのですが、その手法が国家資産…タンカーや航空機、軍艦を差し押さえたり、債務不履行(デフォルト)となる期日を睨みながら折衝する(デフォルトするとすべての債権の全額一斉が必要になる)など、優秀で獰猛な弁護士を立てて国家相手に大振る舞いしている、その様子が記されています…普通に生きている分には、他国を裁判で訴える、というスケール感が理解できないのですが…
上のように書くと、貧困国から剥ぎ取るように取り立てるハイエナファンドが悪、のようにも見れますが、その債務の性質が、内乱などに限らず、隠蔽、指導者の私益や保身のため、とダーティな面もあり、結果、ハイエナファンドv.s.性悪国家という、正義が見えない構図となります。ファンドが対立する国も、コンゴ、ザンビア、ペルー、ギリシャ、リベリアにアルゼンチンと非常に多く、合わせて現実にも起こった事象(アメリカ9.11テロ、ギリシャ危機、エピローグにはパナマ文章など)とその影響も描かれており、世界が連綿と繋がる中での進展を愉しむことができます。
著者が描く国際金融小説は、多くの取材を重ねられており、見たことのない「事実」の世界が描かれており、昔から読ませていただいております。今回も小説文頭にあるとおり「現実に起きたこと」である、とのことです。
また、著者自身が渡り歩いてきた「交渉」の世界の描写について、多岐にわたる利害関係を取りまとめる難しさと、それでも立ち向かっていく姿が描かれており、その考え方や手法は仕事、私生活ともに役立つものでは、と確信しながら読ませてもらっております。
難しい金融系の用語が多いのですが、下巻の巻末に「用語集」が用意されております…著者も読解が難解であることを前提に執筆さているようです。
世界で起こっていた金融歴史の一書物として、ご興味ありましたら是非どうぞご一読いただければ、と思います。
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