「この男の火遊びのために十億円ですか。私は到底、納得できないな。」
統一さんっ、と武田の野太い声が飛び、アッパーカットを食らったようにのけぞる。
「この堤がロビイストとして成し遂げた、ピックアップトラック事業やハリウッドスターを巻き込んだ[プロメテウス]販促などを正当に評価してやりませんか。その価値は一千億では効きませんよ。」
「トヨトミはクルマを作って売る会社です。」
統一は意気揚々と語る。
「質実剛健を誇りとする日本の自動車会社なのです。
派手に飲み食いし、勝手に動き回るロビイストは今後もいりません。」
元凶はこいつか、と堤は憎悪のこもった目で睨んだ。
愛知県にある一都市の鉄工所から世界企業となった「トヨトミ自動車」を舞台に、1995年から2016年の間を描いた小説です。
二人の主人公から見た「トヨトミ自動車」が描かれており、一人は物語当初から社長として辣腕を振るう武田剛平、もう一人は豊臣一族本家の子息であり、2009年から社長に就任する豊臣統一です。
…お察しかとは思いますが、現実にある世界一の自動車会社が舞台であるかような物語になっております。(巻末には「フィクション」とあります。)
前半は武田剛平による、きめ細やかな対処を散りばめながらの攻めの経営によるトヨトミ自動車の躍進が描かれております。
彼の不遇の時代(フィリピンへの単身赴任)や専務時代の子会社買収防衛戦、小型車と大型商用車メーカー(ダイエン工業、立川自動車)の子会社化、そしてアメリカでの禁忌とされたピックアップトラック部門への進出など、生産台数世界一に向かう、非常に勢いがある爽快な内容になっております。
後半は、豊臣統一が社長となるきっかけともなるリーマンショックやブレーキ不作動による事故、そのリコール及びアメリカ議会公聴会など、重苦しい展開のなか、悪戦苦闘しながらも前に進もうとする様子が描かれております。
生産と販売のための米英仏政府との折衝(工場誘致と補助金)や生産台数世界一への邁進などの世界企業としての経済小説的な内容だけではなく、ハイブリッドカー生産前倒しの際の取締役会や社内政治・思惑の交錯、
加えてトヨトミ創業一族の思想と振る舞いなどの社内政治・人間臭い部分も描かれております。
後者については世界的企業であっても、人が動かす「会社」というものであれば、このようなことがあるのだろうな、と思うような内容でもあります。
先述の通り、フィクションである前提ながら、登場人物の背景含め、相当にモチーフとしているのは間違いなく、どこまでがそうなのか、が気になるところでもあります。(巻末の解説でその点が少し触れられております。)
物語は、2016年以降を描いた「トヨトミの逆襲」へと続きます。
日本を代表する自動車産業企業をモチーフとしたフィクション(?)、ご興味ありましたら是非どうぞ。
コメント