(書籍紹介)カラ売り屋 日本上陸

「それならいずれ株価は上がるよ」「といいますと?」
「我々は日本企業主催としては初の大規模なアートオークションを開催する。」
絵画部長 牛田はそう言い放ち、記者たちを振り切って運転手付きの専用車に乗り込んだ。

落札のたびに競売人が力強くハンマーを打ち付け、参加者の高揚感を掻き立てていく。
オークションが成功すれば株価は確実に爆騰する。
「こりゃあ、もう手が付けられんな」カラ売り屋 北川が顔に絶望感をにじませる。
(これでオークションは成功だ。俺は勝った!)牛田は興奮で汗ばむ両手を握りしめる。
「アット165,000,000ダラーズ…イッツ・ユアーズ!コングラチュレーションズ!」
競売人が腕を交差させハンマーを打ち付け、カツーンという一際大きな音が会場に響き渡った。
次の瞬間、人々の悲鳴が会場の空気をつんざいた。

ご存じかとは思うのですが、手元にない株式を証券会社(海外では投資銀行)から「借りて」売り、株価が下がってから買い戻して利益を得ることを「空売り」といいます。
この作品は、日米3人が立ち上げたカラ売りファンド「パンゲア&カンパニー」と、日本通で提携関係にある協力者が、企業の財務指標や綿密な現地調査から、その株価が高値である(不正に高い)ことを暴き、空売り後に企業の実態をレポートとして発表し、企業と対決する3本の物語(医療、しろあり、オークション)が収録されています。

著者の他作品に度々登場するこの3人は、不当に株価が高い理由(不正行為や粉飾、法違反など)を指摘し、株価を「下げて」から買い戻すスタイルを生業としています。
もちろんターゲットの会社からは抗議や訴訟をちらつかされるなど、企業との軋轢や駆け引きも物語の大きな見所です。

物語それぞれの展開は似たところがある(窮地に立たされながらの勧善懲悪的な展開になっている)のですが、それぞれの業界について子細に描写されており、著者の取材量の多さを感じます。
冒頭に書いた内容はオークションの内容からの転記であり、触れたこともない(今後も触れなさそうな)世界観やその裏側にも触れられた内容になっております。
また、内容もごく最近の時代が描かれており、聞き覚えのある経済・社会事象が出てくるので、より物語に没頭し、楽しむことができます。

著者は、以前にご紹介した「国家とハイエナ」を上梓された黒木 亮さんで、ご自身は邦銀に就職し、海外シンジゲートローンなどで活躍されたのちにロンドンの証券会社や商社に勤務された経歴を持たれておられます。それらについても出版されており、知り得ない金融と交渉の世界の片隅に触れることができます。
私が経済・金融小説を読むきっかけとなった方でもあり、他著書もおおむね読了しておりますので、また以後もご紹介させていただこうと思っております。

決して正義のためだけでは無いですが、不正企業に挑む4人の手に汗握る物語、ご興味ありましたら是非どうぞご一読いただければ、と思います。

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